坂口 登の絵画 村上 哲

3 :エクリチュールとしての絵画


フランスの記号学者ロラン・バルト(Roland Barthes/1915-80)は、1970年に著した日本についてのエッセー『表徴の帝国』(原題 L'Empire des Signes")のなかで、この国の制度や文化の本質を、中心に何もない記号の体系、言わば「空虚の概念」でとらえようとした。1966年、国の文化使節として来日していたバルトは日本という国固有の特異性に着目し、帰国後、記号学的なアプローチで鋭くその本質を突いたのだった。そこでは、石庭や俳句をはじめ、歌舞伎や文楽、儀礼や和食、都市と皇居など様々な事例をあげながら、日本の制度や文化は、記号や表徴によって形式化され、意味や理念が抜けおちて無化かされるとされた。「型と空の美学」とも言うべきこの視座は、意味や理念の充足こそ第一義的なものとする、ヨーロッパ的なそれとは対極にあるものとして位置づけられている。そして、これら表徴としての制度や文化のかたちへの考察は、その根源にあるこの国の民族的な体質とも深く関わるものであり、含蓄があり、示唆に富む。


バルトは、文学作品の中での「書き言葉」を意味する「エクリチュール」という用語を、『表徴の帝国』ではより広くとらえ、「視覚的な記号体系、空間的な表徴体系」として用いた。例えば、禅宗の石庭の空間がそうであるように、日本の生活や文化のありようとは、この表徴外枠をかたちづくる記号的な操作=「エクリチュールの戯れ」とされ、その背に空漠たる抽象の世界広がる。その虚空が、ときとして精神性と呼ばれ、象徴性を醸し出し、そして理念へとなりかわってゆくという構造。 ロラン・バルトが指摘したこの「空の概念」こそ、禅の思想はもちろんのこと、三島由紀夫の美学や、司馬遼太郎の歴史観とも相通ずる「この国のかたち」の本質を語る言葉なのだう。

ロラン・バルトを手がかりに顧みれば、日本美学の系譜こそ、形式とスタイルを重んずる「形の美学」であり、なによりも、わが国には世界でも稀に見るフォーマリズムの美術史があったことは、今日的な視座のもとに再検討すべきことであろう。とくに、表徴/記号の最もたる表現形式である「絵画の系譜」には、造形要素に支配されるこの形式至上主義が、大和絵、狩野派、琳派、浮世絵はもとより、近年のモダニズム、現代のアンフォルメルや抽象にいたるまで、深く通底している。 例えば、雪舟等楊。中国の宋元画の造形精神に学んだ雪舟の描線は、様式の型を摂取していくプロセスのなかで、中国絵画に内在されていたイデーを脱ぎ捨てて力強く自立/自律し、独自のスタイルとして完成された。かかるカリグラフィーの解体とフォーマルな再構築こそ、雪舟の神髄であり、墨線の群れは、さながら自己を内から破り、無へと到達せんとする禅の境地を体現するかのように跳梁している。バルト流に語れば、そこでは、徹底して抽象化された線のテクストが集積し離散してゆくという、”仮象としての「エクリチュールの戯れ」”が、画面から次第に理念や意味を削ぎ落とし、絵画独自の生命ともいうべき表徴と記号のみが画面を埋め尽くし支配する。「空の絵画」ともいうべきこのフォーマリズム的な様相は、俵屋宋達、葛飾北斎、横山大観といった、わが国の美術史を繋ぐ巨人たちのスタイルを通底するものとして、きわめて興味深い。 かくのごとき伝統を見せる日本美術史のなかで、しばしば「自然への観照」が謳いあげられるのは、人間存在も含めた世界の本質を、無意識のうちに「空の概念」として捕らえていたことの反照なのかもしれない。そして、融通無碍その精神のありようを、表徴や記号によって外側から枠組みを施しながら、「型の美学」そのものを精神の拠り所ろとして際立たせようとしたのが、この国の美の系譜であるといえようか。極論すれば、「エクリチュールとしての美術史」。

今日、一筋に邁進してきた近代以降の欧米のフォーマリズムが拡散してしまったなかで、その成果を検証し継承しうるのは日本の作家なのだろう。なぜなら、われわれ日本人の美意識は、体質的にも伝統的にも「形の文化=フォーマリズム」の中で生まれ育まれてきたものなのだから。自らの絵画や文化の特徴を認識し、洞察し、そのパラダイムを解体しながら、表徴としての「エクリチュールの群れ」の中で再び構築する事が、魅力あるこの絵画というメディアを、歴史のなかに蘇生しつづけていく手だてとなる。
むらかみさとし・比較芸術学/美術館キュレーター
(2001年 SUSUMU SAKAGUCHI PAINTING より)
 
 
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