坂口登自伝 坂口登

独自の「かたち」  抽象にイメージ導入


12歳の時に熊本から米国に渡って25年がたっっていた。81年東京の原美術館で第2回ハラアニュアル展に出展するため、私は作品とともに日本に帰国することになった。

当時の日本の現代美術は、60年代のアメリカの影響を強く受け、アメリカの現代美術の知識や考えをそのまま取り入れていた。日本生まれでアメリカに住む私は、そのアメリカ社会の中で「自分のルーツ」を見つめ、自己のアイデンティティーを確立しようとしていた。作品の上では独自の「かたち」を追求していた。

そんな私には、当時の日本の状況はショックだった。なぜ、アメリカで作られた「かたち」を追っ掛けるのか?日本という独特の文化を持つ作家たちが、なぜ、今生きている社会の現実に取り組まないのか?と。



ハラアニュアル展をきっかけに、日本での個展やグループ展の機会が増えた。年に2回ほど、日本で作品を発表することになった。

ある地方で個展を開いた時のこと。私の抽象作品を見て「分からない」「難しい」という言葉で片付けられたことがあった。「絵画とのコミュニケーションとは何だろうか」と私は考えた。誰もが見ても理解することのできる「かたち」を探し始めた。観衆とのコミュニケーションの手掛かりとして私の作品の抽象の1つにイメージが導入されていった。

私は分割された2枚のキャンバスに向かい、一連の意識の時間の中で絵を描いた。同じ大きさの2枚のキャンバスを、暗やみと光のように1つは黒く塗り、もう1つには色を付ける。そして、双方に自然界がつくる光の7つの色の点を均質に振る。その行為は、イメージの発生と自己の内容宇宙へとつながってゆく。

私は前もって構成の準備(ラフスケッチ)や下書きをすることはない。それは自分が感じた「今」の瞬間に純粋に近づきたいからだ。イメージは広がり私の中に入り込んでいった。そうすると、地上に立つ自分があり、その位置から見える海と大地、空、そして宇宙という空間があった。そこから「かたち」が生まれていった。

次に、同じ意識の中で、もう一方の黒色のキャンバスに私の思いを写していく。そこには抽象の意識があり、「かたち」に対する私の思いと心がある。それを表現するのが「点」。ミクロの点が私の“宇宙”であると感じた。点の中に宇宙があり内面の心がある。無数の点が重なりそれがまた宇宙となり、その宇宙が重なれば新たなる「かたち」となって現れてくる。

絵の具の飛沫(ひまつ)を飛ばし小さな点を作る「スプラッシュ」(はねかけ)の技法を用いながら、点による層を幾重にも重ね、画面全体を無の境地へと導いていった。そして私独特の絵画形式が生まれた。


アーティストの本質は独特の形を作り上げることであると、私は思う。個人1人ひとりの体験から生まれる内面の深さをどれだけ引き出せるのか?そして、それによって生まれるその人以外には存在しない「かたち」こそが、オリジナリティーであると考える。さらにその上で、多くの人に共感を与える力が必要だ。

ディップティック(2連画)やトリプリティック(3連画)に表現された私の絵画は、この私そのものである。また私にとって「イメージ」と「瞬間」の2つの世界は、1つの宇宙であり1つの存在でもある。
 
(2002年1月22日 熊本日日新聞 掲載文より)
 
 
 
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