坂口登自伝 坂口登

NYとふるさと 丸い地球の中ではひとつ


昨年10月から県内3ヶ所で巡回した個展を終え、今、私はニューヨークのマンハッタンのアトリエに戻ってきた。昨年9月に起きたテロ事件から半年もたたないがニューヨークの街は、以前と変わらず活気に満ちている。

その事件当時、私は熊本で開く個展の準備のため帰国しており、ニューヨークに戻る前日の出来事であった。旅行会社から緊急連絡があり、旅行中止の指示が入った。私は「アトリエがワールドトレードセンターの近くにある。心配だからすぐ帰るための席を用意してくれ」と逆に申し出た。そして事件後5日目に出発することができた。

さまざまな思いがめぐり、機内では眠れないまま窓の外をながめていた。ニューヨークに近づくと、突然どす黒い雲が辺り一面を覆いつくした。その雲はゆっくりとカナダの方向へと流れていた。膨大な量のケミカルの煙の雲の姿に、私は思わず息をのんだ。


80年以来、私は70回以上、アメリカと日本を行き来してきた。片道が地球の半径にあたる距離を飛ぶ中で、ある時点から地球の丸さというか、地球の大喫茶を体で感じることができるようになった。

20年の間に見えてきたものは、自然の環境が侵され近年著しく変化してゆく地球の姿であった。空の上から一番に感じとったのが空の雲と色の変化。このままでは地球生命そのものが危ういと感じていた矢先の光景であった。

80年半ばから2分割された私の抽象絵画の一連に導入したイメージは、「生命のかたち」であった。その思いは、この私自身が体で地球を感じとり、地球生命そのものの危機を予感していたところにあった。そして私のイメージは、自然の原点である「花と実」へと動いていったのである。

「人間と自然」―この2つが一体化したときのバランスこそが、地球を救うのではないだろうかと、私は考える。

芸術の角度が無限にあるように、人々の知識の角度も無限にある。 「自由」な発想と広がり、知識の深さは、その人個人の心の豊かさである。時代という社会の現実の中に生き、さまざまな体験を通し何を感じ受け止めていくのか。芸術とは、この社会自体が楽しく住み良い場所へとつながっていくことのへのアプローチであると、私は思っている。



自然豊かな私のふるさと熊本と、ここニューヨークのアトリエ。この2つの極は地球の丸さの中では1つである。「花と実と地球」。今これが私のメッセージであり、私の仕事は始まったばかりだ。

熊本県立美術館分館、つなぎ美術館、不知火町立美術館と3ヶ月に及ぶ個展で、熊本の多くの人々の心に触れることができた。30年間の作品がつくられてきたコンセプトと変化していくイメージの流れ。それらの作品群を1つの時間の中で見てもらうことができた。さらに、1人のアーティストがとらえた社会に対する時間の意識の一帯を感じてもらえたと思っている。

美術関係者をはじめ、日本全国から友人・知人が祝いに駆け付けてくれた。45年ぶりの幼友達や懐かしいふるさとの人々との再会は実にうれしかった。また、母校の中央町立中央小学校の子どもたちと、ワークショップで触れ合うこともできた。子どもたちの美術に対する純粋なまなざしを受け止め、これが文化を作り出す源なのではと思った。

個展を主催していただいた中央町や名美美術館の関係者、イベントスタッフ、この私を応援してくれた多くの熊本の人々に、ここニューヨークから、心からの感謝の念を送りたい。
 
(2002年2月19日 熊本日日新聞 掲載文より)
 
 
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